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浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)1148号 判決 1985年12月19日

原告 日本水槽工業株式会社

右代表者代表取締役 市川実

右訴訟代理人弁護士 篠崎和也

同 安原正之

同 佐藤治隆

同 小林郁夫

右輔佐人弁理士 福田武通

同 福田賢三

被告 株式会社 トモフジ

右代表者代表取締役 友藤泰雄

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 石原寛

同 仁平勝之

同 吉岡睦子

同 加藤廣志

右両名輔佐人弁理士 奥田作太郎

同 武田賢市

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「1 被告株式会社トモフジ(以下「被告トモフジ」という。)は、原告に対し、金一五三七万円及びこれに対する昭和五七年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告有限会社ダイユウ電機製作所(以下「被告ダイユウ」という。)は、被告トモフジと連帯して、原告に対し、金九五六万円及びこれに対する昭和五七年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決並びに仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨の判決

第二当事者の主張

原告・請求原因

一  原告は、観賞魚用水槽(以下「水槽」ともいう。)及び付属器具の製造販売を目的とする株式会社である。

二  原告の実用新案権について

1  原告は、別紙実用新案公報(以下「本件公報」という。)記載にかかる昭和五〇年一〇月二〇日第一一〇五四一二号をもって登録された実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その内容たる考案を「本件考案」という。)を有している。

2  本件考案は次の構成要件からなる(本件公報記載のとおり)。

(一) 蓋を載せる受棚3を、上枠1の各辺内周に設けて構成する観賞魚用水槽において、

(二) 平面方形状をなす各辺ごとの上記受棚3相互の接合隅部には、この受棚3の棚幅よりも広くした隅受棚4を、上記上枠1および両域の受棚3、3と一体に設置し、

(三) 上枠1内での開口面5は、上記隅受棚4により、開口面のかどを隅切り状に形成したことを特徴とする。

(四) 観賞魚用水槽における上枠の構造。

3  本件考案は、次の作用効果を有する(本件公報第二欄八行ないし一七行)。

(一) 隅受棚4を、上枠1および両域の受棚3、3と一体化させたことにより、水圧等で上枠1の形状に歪が生じようとするも、上枠1は、強度的に弱い隅部を隅受棚4で補強させているから、かかる歪に対する強度は増大して水漏れ防止の耐久効果が得られる。

(二) 上枠1は、上記強度の増大をしてステンレス等の枠材厚が、在来例のものに比べてこれを減少させられる経済性が得られ、商品価値の増大にしてコストは低廉化できる。

三1  被告トモフジは観賞魚用飼育器の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、被告ダイユウは被告トモフジと同一の業務を目的とする有限会社である。

2  被告トモフジの代表取締役である友藤泰雄(以下「泰雄」という。)は、被告ダイユウの代表取締役友藤洋一の父親であり、本店の所在地、役員の構成、業務目的から、被告両会社は実質的には、泰雄が経営権を掌握している一個の会社である。

四1  被告トモフジの製造販売する別紙物件目録(一)、(二)及び(三)記載の水槽(以下併せて「被告水槽」という。)は次の特徴を有している。

(一) 合成樹脂で四辺が一体に形成され、各辺内周には蓋を載せる受棚3が設けられ、

(二) 平面方形状をなす各辺の受棚3、3相互の接合隅部には受棚3の棚幅よりも広くした隅受棚4を、上枠1および受棚3と一体に設けてあり、

(三) 上枠1内周に設置した受棚3の開口面5は、隅受棚4により、開口面のかどを隅切り状に形成したことを特徴とする。

(四) 観賞魚用水槽における上枠の構造。

2  被告水槽の構成四の1の(一)ないし(四)は、本件考案の構成である二の2の(一)ないし(四)と同一である。

(一) ロ号水槽は一方の短辺の両端、ハ号水槽は、一方の長辺の両端、隅受棚4、4にそれぞれ孔が設けられているが、それは本件考案の実用新案登録願添付の明細書に記載されている実施例と同一のものであり、ロ号及びハ号水槽の隅受棚は、本件考案の構成要素を充足する。

(二) ハ"号水槽は、一方の短辺の両端斜めに桟材6と円環材7とにより、他方の短辺両端には弧状の桟材によりそれぞれ隅受棚4を構成しているが、これらの各隅受棚は、本件考案の構成要件である隅受棚と同一の構成である。

3  被告水槽は、本件考案の有する前記作用効果を有するものである。

五1  被告らの後記の被告水槽の製造及び販売行為は、故意または過失により本件実用新案権を侵害するものである。

(以下、弁論留保)

2  被告トモフジは、被告水槽を製造販売し、その売上金として、昭和五五年度八四六〇万円、同五六年度一億〇四九〇万円、同五七年度(九月まで)一億一七九〇万円を得た。

3  被告ダイユウは、遅くとも昭和五六年五月から、被告水槽のうち、別紙物件目録(二)及び(三)記載の水槽を販売し、その販売高は、昭和五六年度七三四三万円、同五七年度(九月まで)一億一七九〇万円である。

4  原告は、右売上により、実施料相当額の損害を受け、実施料相当額は売上高の一〇〇分の五を下らない。

(一) 被告トモフジは、2の売上高の一〇〇分の五である一五三七万円の損害賠償債務を負う。

(二) 被告ダイユウは、3の売上高の一〇〇分の五である九五六万六五〇〇円について、共同不法行為者として被告トモフジと不真正連帯損害賠償債務を負う。

以上により、原告は、本件実用新案権の侵害に基づく損害賠償請求として、被告トモフジに対し一五三七万円、被告ダイユウに対し九五六万六五〇〇円及びいずれもこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和五七年一〇月一四日から右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告ら・認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の1及び2の事実は認め、同3の事実のうち、本件公報の第二欄八行ないし一七行の記載が原告主張の作用効果がある旨の記載であることは認め、原告主張の作用効果があることは争う。

三  同三の1及び2の事実は認める。

四1  請求原因四の1の事実のうち、ハ"号水槽が原告主張の特徴を有することは否認し、その余の事実(ただし被告水槽のうちハ"号水槽についての説明は、別紙物件目録(三)に付加した四記載のとおり)は認める。

2  請求原因四の2及び3の事実は、ハ"号水槽については否認し、その余の被告水槽については認める。

五  同五の事実は否認し、その主張は争う。

(請求原因五2以下に関しては、弁論留保)

被告ら・反論

一  ハ"号水槽の上枠は、次の点において、本件考案の構成要素を充足しない。

1  本件考案は、上枠1における蓋を支えるための受棚3の各辺相互の接合隅部に、受棚3の棚幅よりも広い『隅受棚4』を設けることを構造上の要旨とするものであるから、隅受棚部分は、「蓋を支える『受棚3』の隅部において同様に蓋を支える作用をなすための広い面積部分のこと」を意味すると解するべきである。

さらに、本件考案は、「隅受棚4」が、受棚3における「各辺ごと」の受棚3「相互の接合隅部」、すなわち受棚3の四隅にそれぞれ設けられることを構造の前提条件としている。

2  ハ"号水槽の上枠における受棚3は、周縁に突条10を設けることにより表面に凹溝11が形成されるものであり、専ら蓋を支えるための突条10は各辺の四隅が直角をなす形で周設されている。

該受棚3の一方の短辺には、斜めの桟材6と円環材7とが、対側の他方の短辺には、その両隅に桟材8が設けられているが、これらはいずれも受棚3を形成する突条10の表面より低い側面部分に設けられているから、これらの円環材7と桟材6及び8は、それら自体受棚3と同じような蓋を支えるという作用を行わないものである。

以上のとおり、該受棚3の四隅には、受棚3の棚幅より広く、かつ、蓋を支えるための隅受棚4は存在しない。

被告ら・抗弁

一  泰雄は、原告の本件考案の実用新案登録出願前である昭和三六年ごろから、現在まで継続して、原告の本件考案と同一の技術による水槽を、泰雄と一体とみなすべき左記各会社を通じて製造販売させていた。

1  泰雄は、種々の研究開発を行い、多くの発明をして工業所有権の出願を行い、個人名義で権利を有し、左記各会社を通して、工業所有権及びノウ・ハウを実施し、水槽の製造販売を行っていた。

2  泰雄と左記各会社は、一体とみなすべきである。

(一) 泰雄は、昭和一二年ころから、水槽等の製造販売を営み、昭和二八年七月二四日全額出資して、有限会社友藤工藝製作所を本店を泰雄の自宅の存在する東京都中野区本町通四丁目一七番地として設立したが、同社は、泰雄が代表取締役に就任し、取締役には泰雄の妻の良子や弟の利雄の名義を借りた泰雄の個人会社であった。

泰雄は、昭和三五年四月草加の自己所有の土地(被告ら本店所在)上に工場(以下「草加工場」という。)を建設し、同社はその工場で水槽を製造した。

(二) 泰雄は、昭和三六年八月一日全額出資して、株式会社友藤金属工業を設立し、有限会社友藤工藝製作所の事業を承継させたが、同社も、右泰雄の住所を本店所在地とし、泰雄が代表取締役に就任し、取締役には良子、利雄、子飼の番頭である谷口昭嘉、同英康兄弟及び従業員の太田喜久男の名義を借りた泰雄の個人会社である。

(三) 泰雄は、昭和四二年三月二〇日株式会社友藤金属工業の商号を株式会社友藤総本社と改め、昭和四二年四月二四日資本金二〇〇〇万円で株式会社友藤総本社の水槽部門を独立させた株式会社友藤水槽工業を設立したが、同社は、泰雄が資本金の大半を出資して代表取締役には右利雄を就任させ、取締役にはその妻、兄弟及び従業員の名義を借りた泰雄の個人会社であり、草加工場で水槽を製造した。

株式会社友藤総本社は、昭和四四年一〇月資本金を四〇〇〇万円に増資し、一部取引先から出資があったが過半数は、泰雄の出資にかかるもので、泰雄の個人会社たる実態には変更がない。

(四) 株式会社友藤総本社は、昭和四六年九月二八日破産宣告を受けたが、右手続は、強制和議に移行し、同社は昭和四九年六月三〇日株主総会の決議により解散した。同社の右経営不振のため、泰雄は、株式会社友藤水槽工業を昭和四八年四月二〇日株主総会の決議により解散させた。

(五) 泰雄は、右(四)の事情により、自己の有する工業所有権や水槽の製造に関するノウ・ハウを実施するための会社を設立する必要が生じたため、昭和四七年九月六日資本金五〇〇万円を出資して、富士観賞魚器具株式会社(後記商号変更により被告トモフジと称す。)を設立し、株式会社友藤水槽工業の業務を承継させ、草加工場で水槽を製造させた。

泰雄は、富士観賞魚器具株式会社の設立にあたり、株式会社友藤総本社の破産手続が進行中であることから、同社の代表取締役に谷口昭嘉の名義を、他の取締役には妻、長男及び従業員の名義を借りたが、同社(被告トモフジ)もその実質は泰雄の個人会社であった。

(六) 泰雄は、昭和四八年一一月二六日同社の代表取締役に就任し、同年一二月二四日同社の商号を株式会社トモフジに変更し、資本金を二〇〇〇万円に増資し、業務をそのまま承継した。

被告トモフジは、草加工場で、水槽等の製造を行っているものである。

3  原告の本件実用新案権にかかる実用新案登録出願前から、本件考案と同一の技術を実施していた。

(一) 昭和三六年当時、ステンレス鋼板を手にいれることが容易となり、株式会社友藤金属工業は、金属資材欠乏のためにそれまで素材としていた亜鉛鉄板(ブリキ)にかえ、ステンレス鋼板を素材とする水槽を製造販売していた。

(二)(1) ステンレス鋼板は、亜鉛鉄板に比し、硬度があるため、部材と部材とを接合する場合に半田熔接を行なえず、アルゴンガス熔接の手段を必要としたが、アルゴンガス熔接加工は半田熔接に比較して複雑で高度な熟練技術が必要である。

(2) そのため、大型水槽は別として、水槽の上枠を成形するに際し、四個の枠片を互いに突合わせてアルゴンガス熔接すると手間がかかる。そこで、一枚のステンレス鋼板をプレス成形により中央部分を打抜き、四辺が一体に連結された枠体を成形する方法をとることにより、能率的で、コストを安くすることになる。

(3) また、四個の枠片を互いに突合わせて接合する方法には、枠の各隅部を互いに正確な直角に設定することが極めてむずかしく、ステンレス鋼板の場合は、熔接後の修正加工が困難であるという問題がある。

(4) そこで、株式会社友藤金属工業では、プレスによって水槽の上枠を成形加工していた。

(三) 水槽の上枠をプレスによって成形すると、縁に金属を打抜いた切口が露呈し、そのままの状態では切口で負傷する危険性があるので、内周縁を下方に折り曲げ縁を設けることとなる。

(四) 内周縁を下方に折り曲げて、折り曲げ縁を設ける場合、隅部を円弧状(隅切り状・以下隅部を円弧状とすることを「Rを設ける」という。)にしなければ亀裂が生じるという技術的必然性が存在する。

(五) 昭和三六年当時、金属板をプレスによって成形加工する技術は普遍的であり、プレスによる折り曲げ加工法として隅部を丸くする技術は当時の業者として常識的な慣用手段であった。

(六) Rを設けた場合、隅部の棚幅は各辺の受棚の棚幅よりも必然的に広くなり、また、Rが成形されることにより開口面の角が隅切り状になり、よって、株式会社友藤金属工業が製造していた水槽上枠は、本件考案の構成要素を充足する。

(七) 株式会社友藤金属工業が製造していた水槽上枠は、本件考案の作用効果を発揮するものである。

二  被告トモフジは、泰雄の先使用権により、イ、ロ、ハ、イ'、ハ'号水槽(以下「イ号等水槽」という。)を製造販売してきたものである。

三  被告ダイユウは、請求原因三の2のとおり、泰雄が経営権を掌握している実質的に被告トモフジと同一の会社であるから、被告トモフジと同様に先使用権を有する。

原告・反論その一

1  本件考案は、実用新案登録出願書面によれば、三角形状の板を隅部のつきあわせ部の裏側に熔接させて、隅受棚を構成することを隅受棚を構成する一つの方法としていることから、受棚と隅受棚に蓋を載せた場合、受棚と隅受棚のすべてにわたって直接蓋と接することをその構成要素とはしていないといえる。

2  本件考案は、本件考案の構成である「隅受棚」及び「受棚」を特定の構成に制限するものではないところ、ハ"号水槽は、突条10を備えているが、突条10は凹溝11に支えられ、突条10と凹溝11が共に受棚を構成して蓋を受けているものであり、桟材6、8は、受棚3と一体的に構成されているので、水槽の強度作用を有し、水漏防止の耐久効果が得られる点で、本件考案の作用効果と同一である。

よって、ハ"号水槽の隅受棚も本件考案における隅受棚の構成要素を充足する。

原告・認否

一  抗弁一の1の事実のうち、泰雄が主張の各会社を通じて工業所有権を実施したことは否認する(その余の事実については、認否がない。)。

二1  抗弁一の2冒頭の主張は争う。

(同一の2の(一)、(二)の事実については認否がない。)

2  同一の2の(三)の事実のうち、昭和四二年四月二四日株式会社友藤総本社の水槽部門が独立して株式会社友藤水槽工業が設立されたことは認め、両社が泰雄の個人会社であることは否認する(その余の事実については認否がない。)。

3  同一の2の(四)の事実のうち、株式会社友藤総本社が、昭和四六年九月二八日破産宣告を受け、株式会社友藤水槽工業が昭和四八年四月三〇日解散したことは認め、その余の事実は否認する。

4  同一の2の(五)の事実のうち、富士観賞魚器具株式会社が設立され、谷口昭嘉が代表取締役であったことは認め、同社が株式会社友藤水槽工業を承継したこと及び同社が実質的に泰雄の個人会社であることは否認する(その余の事実については、認否がない。)。

5  同一の2の(六)の事実のうち、泰雄が富士観賞魚器具株式会社の代表取締役に就任したこと、同社が株式会社トモフジに商号変更したことは認める(その余の事実については、認否がない。)。

三1  同一の3の冒頭の事実は否認する。

2  同一の3の(二)の(1)及び(2)の事実は否認する。

(同一の3の(一)、(二)の(3)及び(4)、(三)、(四)、(五)の事実については認否がない。)

3  同一の3の(六)の事実のうち、Rを設けた場合、隅部の棚幅が各辺の棚幅よりも必然的に広くなることは否認する(その余の事実については認否がない。)。

4  同一の3の(七)の事実は否認する。

四  同二の事実は否認する。

五  同三の先使用権を有するとの主張は争う。

原告・反論その二

1  先使用権者について

(一) 本件考案については、その出願日たる昭和四二年一一月一六日ころこれを実施していた者が先使用権者となりうるところ、かりに当時これを実施していた者があったとしても、それは当時存在した株式会社友藤総本社及び株式会社友藤水槽工業であって、泰雄個人が実施していたのではない。

(二) 株式会社友藤総本社及び株式会社友藤水槽工業は、資本金の額、株主数、従業員数、取引相手の意識等の点から、泰雄の個人会社といえるものではなかった。

株式会社友藤水槽工業は、その所有する機械で水槽を製造していたものであり、泰雄が同社の負債につき代払いした代償として右機械を譲り受けた点からも、右会社と泰雄は別人格であったといえる。

2(一)  隅受棚の幅員は、本件公報の記載によれば、チューブ等(外径五―六ミリメートル位)の挿通用孔を設けることが可能な幅を有していることが必要なところ、株式会社友藤総本社及び株式会社友藤水槽工業が製造していた水槽の隅受棚の幅には、右挿通用孔を設ける程の余裕がない。

(二) 被告水槽の上枠は、いずれも合成樹脂を素材とするものであり、熔融プラスチックを型に圧入する射出成形で作りだすため隅部が直角であっても亀裂が生じることなく成形でき、Rを設ける必然性も、隅受棚を受棚よりも幅広くする必然性もない。

よって、仮に、被告らがなんらかの先使用権を有するとしても、技術内容の異なる合成樹脂枠の被告水槽まで先使用権は及ばない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告が、観賞魚用水槽及び付属器具の製造販売を目的とする株式会社であり、被告トモフジが観賞魚用飼育器の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、被告ダイユウが被告トモフジと同一の業務を目的とする有限会社であって、原告が、本件実用新案権を有し、本件考案が次の(一)ないし(四)の構成要件からなり、被告トモフジが、イ号等水槽を製造販売し、それらの上枠が、合成樹脂により一体に形成され、本件考案の構成と同一であることは当事者間に争いがなく、本件考案の構成を有する上枠が原告主張の作用効果を多少とも有することは、物理的に明らかである。

(一)  蓋を載せる受棚3を、上枠1の各辺内周に設けて構成する観賞魚用水槽において、

(二)  平面方形状をなす各辺ごとの上記受棚3相互の接合隅部には、この受棚3の棚幅よりも広くした隅受棚4を、上記上枠1および両域の受棚3、3と一体に設置し、

(三)  上枠1内での開口面5は、上記隅受棚4により、開口面のかどを隅切り状に形成したことを特徴とする

(四)  観賞魚用水槽における上枠の構造。

二  ハ"号水槽について

1  被告トモフジがハ"号水槽を製造販売していること、同水槽の上枠1が合成樹脂により四辺を一体とするように形成された上枠であり、該上枠各辺の内周には、周縁に突条10を設けることにより表面に凹溝11が形成された蓋載置用の受棚3が形成されていること、この受棚3における一方の短辺両端隅部には、受棚3の周縁の突条10よりも低い位置に、該短辺とそれぞれの長辺とを斜めに結ぶ桟材6と円環材7とが設けられていて、この円環材7の周縁と接する前記突条10は、凹溝11の内側に食込んだ形状となっていること、また、受棚3における他方の短辺両端には突条10よりも低い位置に、該短辺とそれぞれの長辺とを斜めに結ぶ桟材8が設けられ、突条10が該短辺と各長辺との接合部分において直角をなす形で周設されていることは当事者間に争いがなく、あるいは当事者間に争いがないハ"号水槽図面から明らかである。

2  右桟材6と円環材7、桟材8が隅受棚の構成部分にあたるか否かは、該各部分が蓋を支える機能を果たしているか否かにかかると解される。

右桟材6と円環材7は、《証拠省略》によれば、観賞魚の飼育に必要なサーモスタット等を収めるために設けられたものと認められ、右桟材8の機能は明らかではないが、前記認定の構造からは、蓋を支える機能を果たすものとは認められず、直接蓋に接していない点では同様の凹溝11が突条10を支えることにより受棚を構成しているといえるのに比し、該各部分を受棚を構成するものと言うことはできず、隅受棚を構成しているのは、突条10、凹溝11のみである。

3  前記1のとおり、一方の短辺の突条10は、円環材7の周縁と接して凹溝11の内側に食込んだ形状となっており、他方の短辺の突条10は、該短辺と各長辺との接合部分において直角をなす形で周設されているから、各隅受棚4の棚幅はいずれも受棚3の棚幅に比べ広くなく、また、開口面5は、隅受棚4自体によっては、隅切り状に形成されていない。

よって、ハ"号水槽の上枠は、前記一の(二)、(三)の点において本件考案の構成要件を充たさないものであり、ハ"号水槽の製造販売は、その余の事実について判断するまでもなく原告の本件実用新案権を侵害するものといえないから、原告の請求中、ハ"号水槽の製造販売に基づく分は理由がない。

三  先使用権の主体について

1  昭和四二年四月二四日、株式会社友藤水槽工業が設立されたこと、株式会社友藤総本社は、昭和四六年九月二八日破産宣告を受け、株式会社友藤水槽工業は昭和四八年四月二〇日解散し、富士観賞魚器具株式会社が昭和四七年九月六日設立され、谷口昭嘉が同社の代表取締役であったこと、泰雄が昭和四八年一一月二六日同社の代表取締役に就任したこと、同社が同年一二月二四日株式会社トモフジに商号変更し、泰雄が被告トモフジの経営権を掌握していることについては、当事者間に争いがない。

2  前記当事者間に争いがない事実、《証拠省略》と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  泰雄は、昭和一二年ころから、観賞魚水槽等の製造販売を営み、昭和二八年七月二四日全額出資して、有限会社友藤工藝製作所を本店を泰雄の自宅の存在する東京都中野区本町通四丁目一七番地として設立し、同社の代表取締役に泰雄が就任し、取締役に泰雄の妻良子、弟利雄が就任した。

(二)  泰雄は、昭和三五年四月草加の自己所有の土地上に工場を建設(泰雄所有)し、同社はその草加工場で水槽を製造した。

(三)  泰雄は、昭和三六年七月三一日有限会社友藤工藝製作所を解散し、翌日全額出資して、株式会社友藤金属工業を設立し、有限会社友藤工藝製作所の事業を承継させたが、同社も、右泰雄の住所を本店所在地とし、代表取締役に泰雄が就任し、取締役に良子と子飼の番頭である谷口昭嘉、同英康兄弟及び従業員の太田喜久男が就任したが、その実質は組織及び商号の改変にすぎず、同社も草加工場で水槽を製造していた。

(四)  泰雄は、昭和三七年、同社の大阪工場(昭和三五年新設)を有限会社富士工芸製作所とし、昭和四〇年、札幌営業所(昭和三九年新設)を有限会社富士商事とし、昭和四二年三月二〇日株式会社友藤金属工業の商号を株式会社友藤総本社と改めて関連会社を統括する会社とし、同年四月二四日株式会社友藤総本社の水槽部門を独立させた株式会社友藤水槽工業を資本金二〇〇〇万円で設立し、同社が草加工場内の機械を買い取り、草加工場で水槽を製造したが、同社は、泰雄が資本金の大半を出資し、代表取締役には利雄が就任し、取締役には泰雄が就任したもので、この草加工場においては、工員が増員したことのほかは、水槽事業の内容に変わりはなかった。

株式会社友藤総本社は、昭和四四年一〇月資本金を四〇〇〇万円に増資し、一部取引先からの出資もあった。

(五)  泰雄は、昭和四七年九月六日資本金五〇〇万円を出資し、本店を泰雄の住所として富士観賞魚器具株式会社を設立し、株式会社友藤水槽工業から草加工場の機械を買い取り、この機械と草加工場の土地、建物を無償で同社に使用させて、同社に株式会社友藤水槽工業の業務を承継させたが、株式会社友藤総本社の破産手続が進行中であることから、同社の代表取締役には谷口昭嘉、他の取締役には良子、泰雄の長男洋一を就任させたが、同社の事務所で指揮をとる等実権を有していたのは、泰雄であった。

(六)  泰雄は、株式会社友藤総本社の経営破綻により、その関連会社を一旦解散させるべきであると考え、株式会社友藤水槽工業を昭和四八年四月三〇日株主総会の決議により解散させ、また、破産宣告を受けた株式会社友藤総本社の強制和議の提供者及び保証人となり、同年一一月二七日強制和議は認可決定されたが、泰雄は、富士観賞魚器具株式会社を設立して同社により水槽の製造を継続することとしたので、株式会社友藤総本社を継続することに意味はないと考え、同社を昭和五二年六月三〇日株主総会の決議により解散させた。

(七)  泰雄は、昭和四八年一一月二六日富士観賞魚器具株式会社の代表取締役に就任し、同年一二月二四日同社の商号を株式会社トモフジに変更し、資本金を二〇〇〇万円に増資して業務をそのまま承継し、昭和四九年三月四日本店を草加工場の住所に移転した。

(八)  草加工場ではその建設以来水槽の製造が継続されており、従業員の意識としては、有限会社友藤工藝製作所、株式会社友藤総本社(旧商号・株式会社友藤金属工業)、株式会社友藤水槽工業、被告トモフジ(旧商号・富士観賞魚器具株式会社)(以下これらの会社を総称して「被告トモフジの関連会社」という。)はいずれも「友藤」であり、泰雄はいわゆるワンマン社長であった。

(九)  泰雄は、種々の研究開発を行い、多くの発明をして工業所有権の出願を行い、個人名義で権利を有し、また、被告トモフジの関連会社において、いかなる水槽を製造するかを決定していた。

3  以上の事実を総合すると、泰雄は、被告トモフジの関連会社の経営権を掌握し、支配していたということができ、被告トモフジの関連会社は、水槽の製造に関しては一体とみるべきであるから、その一つである株式会社友藤水槽工業が本件実用新案権の出願日ころ本件考案の構成要件を充たす水槽を製造していたとすれば、被告トモフジは、株式会社友藤水槽工業の先使用権を承継してきたといい得る。

四  そこで、株式会社友藤水槽工業が本件実用新案権の出願日ころ本件考案の構成要件を充たす水槽を製造していたか否かについて検討する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  被告トモフジの関連会社は水槽製造の当初は亜鉛鉄板を用いて水槽の枠を製造していたが、昭和三五年ころから、18―8のステンレス鋼板を入手できるようになったことから、これを素材としたが、ステンレス鋼板の場合は、半田付けによる接合が不可能ではないが強度の点から適当ではなかったこと。

(二)  被告トモフジの関連会社は水槽製造の当初は半田付け、昭和三六、七年ころからスポット熔接を(両者を併用することもある)、昭和四〇年ころからはアルゴンガスによる熔接を、上枠と柱の接合方法として取り入れてきたが、昭和四〇年ころからは半田付けによる方法を止めたこと、半田付け、スポット熔接、アルゴンガスによる熔接の順で接合部分はその強度を増し、出来あがりの見栄えもよくなり、アルゴンガスによる熔接の場合には、接合部分が外見からは不明となること。

(三)  被告トモフジの関連会社が、水槽の上枠を一体成型ではなく四辺をつないで作るようになったのは水槽が大型(間口が七五センチメートル以上)化してプレス加工するのが難しくなってからであり、一体成型の方法によれば、工程を減少させることができるが、プレス加工のための機械を必要とするため、需要の多い型の製造に適し、被告トモフジの関連会社の水槽の中では、製造番号(以下製造番号で表示する。)Y・T4と同5(同6と同7の上枠も同型)が一般に普及した型でプレス加工されており、昭和三五年当時に製造していた水槽のうち、最も大きい水槽がY・T4と同じ大きさのものであったこと(これに対し、原告は、本件考案前は四辺を熔接する方法で水槽の上枠を製造していた。)。

(四)  昭和二八年ころ、有限会社友藤工藝製作所では、金魚用水槽である検乙第二号証と同型の水槽が製造され、この水槽の上枠はプレス加工により一体成型され、段差はなかったが、隅部にはRが設けられていたこと、プレス加工により一体成型する場合Rを設けると亀裂が生じにくく、このことは本件実用新案出願当時当業者間において常識であり一般的な技術であったこと。

(五)  日本では昭和三五年ころから熱帯魚の飼育が広くおこなわれるようになり、株式会社友藤金属工業は、そのころから、熱帯魚の飼育のために水温を二四、五度に維持するヒーターやサーモスタット等を開発販売していたこと。

(六)  熱帯魚用の水槽の場合には、温度を逃さないようガラス等の蓋をのせ、上枠の内側に段差(受棚)をつけて蓋に蒸発して付着した水滴が水槽の外に落ちないようにする方法があり、検乙第一、検乙第五号証の上枠は、その内周に段差を有する熱帯魚用水槽の上枠であり、甲第三号証に記載されているY・T4と同型ではあるが、上枠と柱とが半田付けとスポット熔接の方法で接合された水槽の上枠であること。

(七)  甲第三号証(乙第四号証の一ないし四)のカタログは、昭和四三年に製作されたものであり、乙第二号証の一ないし六のカタログは、昭和四一年に設立されて開店した株式会社東洋水族館(ショールーム及び販売店)の設立以後昭和四二年三月の株式会社友藤金属工業の改称前に製作されたものであり、各カタログにアルゴンガスにより上枠と柱が熔接された水槽(Y・T4、同8、同10)が、(上枠の四辺をアルゴンガスにより熔接したかプレス加工により一体成型したのかは区別されずに)掲載されていること。

(八)  水槽の上枠の隅受棚にRを設ける方法は、本件考案の出願当時、当業者間においておこなわれていたこと。

(九)  株式会社友藤水槽工業は、昭和四四、四五年ころから、水槽の枠材としてプラスチックを使用するようになり、ステンレスを材料としていたときの水槽の形をそのまま受け継ぎ、隅受棚にRを設けた水槽を製造し、被告トモフジがこれを今日まで継続してきたこと。

2  以上の事実によれば、被告トモフジの関連会社は、金魚用水槽を製造していたころから、一体成型した上枠にRを設けており、昭和三七年頃、おそくとも昭和四二年三月までにはステンレス鋼板を一体成型した上枠に内周する受棚を設け、隅部についての技術を受け継いで隅受棚にRを設けており、また、隅受棚にRを設けた上枠は、上枠に隅受棚を設けるようになって以来今日まで被告トモフジの関連会社で製造されていたといい得るから、本件考案の実用新案出願時には株式会社友藤水槽工業が隅受棚にRを設けた水槽上枠を製造していたといい得る。隅受棚にRを設けた場合、隅受棚が受棚よりも広くなることは物理的に明らかであり、上枠の凸部の角の内周を円弧状にしても本件考案の構成要件を充足するものといえ、結局、原告の本件考案の実用新案出願時に株式会社友藤水槽工業において、その後引続き今日まで被告トモフジの関連会社において製造販売してきた水槽上枠は本件考案の構成要件をすべて充足するものであって、この場合、原告主張の作用効果を有することは、前記一のとおり明らかである。

3  原告は、隅受棚の幅員は、本件公報の記載によれば、チューブ等(外径五―六ミリメートル位)の挿通用孔を設けることが可能なものであることが必要なところ、株式会社友藤総本社及び株式会社友藤水槽工業が製造していた水槽の隅受棚の幅には、右挿通用孔を設ける程の余裕がない旨主張し、前掲甲第一号証によれば、本件公報の考案の詳細な説明部分において「隅受棚4のコーナー部分に、チューブ等の挿通用孔6が設置できるスペースを構成する。」との記載があることが認められる。

しかし、本件考案は、隅受棚に孔を設けること自体をその内容とするものではなく、また、隅受棚に孔を設けること自体は、別の考案と解すべきであって、孔を設けることは隅受棚を弱くするから本件考案の作用効果に反し、よって、孔を設けることを重視して本件考案にかかるすべての隅受棚の棚幅は挿通用孔を設けることが可能な程度のものでなければならないと解することもできず、結局、右考案の詳細な説明は、隅受棚を受棚よりも広くすることにより挿通用孔を設けるようにすることもできるという趣旨に留まり、本件考案は、隅受棚幅に関しては、「受棚3の棚幅よりも広い隅受棚4を設けること」を構造上の要旨とするに留まると解され(以上のことは、原告被告らがともにイ号水槽を本件考案の構成要素を充たすものとしていることからもいい得る。)る。

よって、トモフジの関連会社が製造していた水槽の隅受棚の幅が受棚よりも広い以上、幅の広さの程度は、被告トモフジの先使用権の有無に影響しない。

4  原告は、仮に被告らがなんらかの先使用権を有するとしても、技術内容の異なる合成樹脂枠の被告水槽にまで先使用権は及ばない旨主張する。

被告水槽の上枠が、いずれも合成樹脂を素材とするものであることは、当事者間に争いがないところ、原告の有する本件実用新案権は、合成樹脂素材によるものを除外していないことは原告の主張自体から明らかであって、かかる素材の差異自体は先使用権に限定を加えるものではない(《証拠省略》によれば、被告水槽は熔融プラスチックを型に圧入する射出成形で作りだすため隅部が直角であっても亀裂が生じることなく成形できることが認められるが、前記認定のステンレス製の水槽上枠をプレス成形する場合に隅部にRを設けず直角にすると隅部に亀裂が生じるということは、株式会社友藤水槽工業が叙上のとおり本件考案の構成要件を充たす水槽上枠を製作していたことの裏づけの一つにすぎない。)。

よって、この点の原告の主張は採用できず、以上のとおり、被告トモフジにはイ号等水槽の製造販売について先使用権が認められるので、イ号等水槽の製造販売も本件実用新案権を侵害するものではないから、イ号等水槽の製造販売に基づく原告の請求も、その余の事実について判断するまでもなく理由がない。

五  被告ダイユウについて

被告トモフジの代表取締役泰雄は被告ダイユウの代表取締役友藤洋一の父親であり、被告両社の本店の所在地、役員の構成、業務目的から、被告両会社は実質的には、泰雄が経営権を掌握している一個の会社であることは当事者間に争いはないから、仮に被告ダイユウが原告主張の期間、原告主張の水槽を販売していたとしても、被告トモフジが先使用権を有すると同じく、被告ダイユウも先使用権を有すると解すべきである。

よって、被告ダイユウに対する原告の請求は、その余の事実について判断するまでもなく、理由がない。

以上により、原告の本訴請求は損害賠償請求の数額の点について論ずるまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり終局判決する。

(裁判長裁判官 高山晨 裁判官 松井賢徳 原道子)

<以下省略>

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